■ラオス日報2005 バンコク帰着編 -050723-


あの名シーンがラオスのホテルで蘇る!!

 

 雲の上から雲を眺めると、雨が降ったり止んだりを繰り返していたわけがよくわかる。雲と雲の間隔が見える。厚い雲と薄い雲の合間が見える。これらが重なり合いながら地上に光と影とスコールをもたらしているのだろう。

 ラオスの首都ビエンチャンからバンコクまでは飛行機でわずか55分。機内サービスが慌ただしく通路を駆け巡る。

 相方は最初のうちは窓の外の景色に目を向けていたが、気づくとすっかり寝入っている。緊張が解けたのだろう。

そんな風に、ラオスとの別れはとてもあっけなかった。


 バンコクは、相変わらずのムッとした熱気と人いきれに包まれていた。ただ今日は日本のようなしとしと雨がパラついていたため、過ごしやすかったと言えばそうかもしれない。

 とりあえずカオサンの宿に荷物を置き、サイアムへ繰り出して飯を食ったりデパートで買い物をしたり、映画を見たりする。今日は、「スィング・ガールス」を鑑賞した。


「健康の屋」は「健康の家」が正しいだろう

 バンコクはやはり居心地がいい。都会の安心感があると言った方が正確だろう。人と車の喧騒は時に神経を逆なでするのだが、反面、東京に決して劣らない利便性を提供してくれる(排気ガスも必要以上に提供してくれる)。

 夜のチャオプラヤー川を眺めてシンハビアーをたらふく飲みながら、相方と旅の思い出を語り合う。その感覚は非常に新鮮でもあり、一方でなぜか日本に居るかのように落ち着くのである。それは、旅の感想を語り合う相手が居る旅というものが非常に希少である(例年は大体一人旅なので)一方で、その語り合う相手が、日頃の相方という極めて落ち着く相手であったためであろう。

 日程上、今夜がこの旅の最後の夜なのだが、筆者の気持ちの上ではバンコクに着いた時点で旅は終わっている。そのことは今回に限ったことではない。
 アジアの旅では多くの場合、まずバンコクでアジアの熱気の洗礼を浴び、やがて安住の地に戻るかのようにバンコクに帰ってくる。そんな場所にふさわしいほどに、バンコクの街は混沌と包容力と利便性を全て兼ね備えている。そんな街だから、バンコクに戻ってきた時点で旅の緊張感は解き放たれ、同時に現実へ引き戻される。

 バンコクの夜は未だに静まることを知らない。この混沌とした街は、我々が明日の朝日本へ帰ることなど知る由もなく、さらに熱気を帯びていく。