■ビエンチャン−バンコク−アユタヤー -02/09/30-

最後の夜はいつも・・・


そう、アジアで旅行をする場合、バンコクを経由するケースが非常に多いため、最終夜はたいていバンコクで迎えることになります。

ありがたいことに、この町は日本にも見られないくらい、とてもにぎやかな街なので、旅の最後を盛り上げるのに最高の場所になっています。

バンコクから始まり、バンコクで幕を閉じる、そんな流れが、日本のバックパッカーの間では自然な感覚になっているのかもしれません。


さて、今日の昼間ですが、12時頃バンコクのドン・ムアン空港に到着し、午後半日暇だったので、アユタヤーに赴きました。アユタヤーというとタイの一大名所。そのように気軽に訪れる場所かとも思われるやもしれませんが、一度訪れた町であるのに加え、距離的には空港から列車で1時間、狭い日本で言っても、大阪から京都へ行くような感覚です。

遺跡と市街地がごちゃ混ぜの奇妙な町、アユタヤーは、3年前に本山という友人と訪れた時とあまり変わってはいませんでしたが、一つだけはっきり変っていた場所がありました。

当時我々は、ひたすら町を歩きながらその途中、某学校のテニスコートを眺めていたのですが、今日そのことを不図(ふと)思い出してそのテニスコートへ行ってみると、当時黒ずんでぼろぼろだったコートが、それはもうきれいに整備されたハードコートに生まれ変わっていたのです。当時のようにぼおっと眺めていたら、また招き入れられそうになったので、これはいかんと蒼々たる面持ちでそこを離れました。

かつて訪れた町をこうして再び徘徊すると、何やら懐かしいことがたくさんあるものです。


復路の便はユナイテッドの明朝7時発。とっても中途半端な時間に飛び立ってくれるものです。というわけでしばらく繁華街でビアーでも補給して、夜中には空港へ戻ってベンチで寝るつもりです。


ナナプラザへ行こうかとも思いましたが、一人でゴーゴーバーに訪れる姿を想像すると、甚だ滑稽の感に堪えないため辞しておきました。


ああ、最後の夜は何を食おうか、センミーナームではちと寂しいので、最後くらい食事のことを考えてみようかと思います。


さて、出発時から最大の関心事であった、痩身化計画についてですが、結論としては、

「旅行するくらいで痩せられるくらいだったら警察はいらない」

といったところでしょうか。


では。



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仏像の頭部は価値があるため、戦争時に奪われてしまっているものが多い
 

 

 
                              これはこういう整理のしかたでいいのか?