■スリランカ日報 さよなら先生/ニゴンボ編 -041001-

 「何らかのセレモニー」という謎のイベントは、「World Children's Day」のことであったらしい。といっても、筆者はこんな日が存在することなど知らなかったのであるが。日本でもなんかやってたっけ?


10月1日は"World Children's Day"なんだとか

 筆者が訪れた学校は、先日訪れた山奥の学校の本校にあたる学校で、先日のは分校だったということだ。道理で、今日の学校は鉄筋コンクリート製の立派な学校であった。

 
今日は結構立派な学校。お祭りとあって付近の分校から生徒が集まってくる

 校内で子供達と遊んで過ごす。カメラを向けた途端、あらゆる方向から子供達が殺到してきて、殺されそうになる。無邪気だなあ。元気だなあ。若いっていいなあ。

 

 

 
学校には日本語があふれていた。先生、がんばってるんだな。

 
                                    この安芸の宮島は先生も手伝って書いたのだとか。


 その後校長先生などと挨拶しながら時間をつぶしていると、やがて様々な制服を来た子供達が校門をくぐってくる。分校の生徒達だ。

 始まったのは、学芸会。各校の子供達が音楽や踊りなどを交えながら出し物を見せてくれる。もちろん青空ステージで行うのだ。プチ本格的(?)な民族舞踊や、流暢な英語での寸劇など、クオリティの高いものも見られる。10歳くらいの子供がペラペラの英語をしゃべられては、日本人はほんとかなわないと思うのである。

 
学芸会に向けて校内の雰囲気が盛り上がっていく。

 

 ところで、先生は学芸会を見ながらこんなことを言っていた。
 「この辺の学校はこんな学芸会ばっかり教えよるのですよ。そうでなくて、プールでも作って、水泳の一つでも教えたりとか、ベースボールでもやったらいいとですよ」
 「そういえば、この辺の人たちって泳げるんですかね」
 「キャンディ辺りは特に山だから、全く泳げんとですよ。20cmくらの水でも平気で溺れよる」
 「はあ、20cmですか・・・。でもそうなるとスリランカには水泳を教える人も少ないんでしょうね」
 「そう。だからその辺りも私どもが支援して行こうとここの大臣に言っとるのですよ」

 
こちらは校長先生                学校の脇の民家の渋いオッサン


 キャンディの町へ戻り、スリランカ料理のバイキングをご馳走してもらう。一食のカリーを盛りつけるだけで、何種類の皿から具材を取ることか。様々な肉、魚、野菜とそれに加えられた何種類もの香辛料。こうして自分で盛って食べてみると、スリランカ料理は本当に栄養バランスがいいなあ、と改めて思うのである。そういえばこっちに来てからお肌の調子が非常によい。お通じも非常によい。お通じの方は元来よすぎたのであるが。

 店を出ると、キャンディに来て初めての雨に見舞われた。ニゴンボ行きのバスターミナルで先生と握手を交わす。先生のおかげで普通の旅では決して味わうことのできない本当に貴重な体験をさせてもらった。大量に撮った写真を必ず送らないと。

 ニゴンボ行きのローカルバスも例に漏れず寿司詰め状態。そこで予想外の危機的状況が。出発直前に、昼に飲んだビアーを排泄したくなったのである。雨の中バスから飛び出して手洗い場を探すが、聞く人聞く人みんなが、「あっちだ」と言う。あっちってどっちなんだ。

 雨なのか汗なのかよく分からない液体でずぶぬれになりながらも小用を済まし、ニゴンボへ約3時間のバスの旅。

 ニゴンボは漁港とビーチリゾートの町。空港への最寄りの町でもあるため、ここを最後の町に決めた。「オアシス・ビーチ・リゾート」はオーシャンビューの素晴らしいエコノミーホテル。1300Rs(約1500円)でプールもあり、全室ホットシャワーで、ビーチへも直接出られるという秀逸なる宿。


宿のレストランから砂浜へダイレクトに行ける。1500円でしっかりリゾートできる。

 チェックイン後、日没直前の浜辺を、漁村の方へ向かって歩く。旅行者がジョギングをしていたり、地元のカップルがロマンテックに愛を語り合っていたり、その和み具合と言ったらない。

 

 

 20分ほどあるくと、宿の並ぶリゾート地を抜けて漁村へ出る。これから夜の漁へ出ようとする人たちと出会うことができた。こんな風に、リゾート地と素朴な庶民の暮らしがうまい具合に共存できている辺りが、ニゴンボの魅力なのだろう。

 

夕暮れ時になると漁師たちが船出の準備を始める

 



 宿でサメのステーキをいただく。海を眺めながら一人ビアーを飲んでいると、なんだか感傷に浸ってしまう。ああこれは、ラオスのメコンのほとりで最後の一人ビアー・ラオを飲んだときの気持ちと似ている。



 明日の夜にはスリランカに別れを告げなければならない。