■スリランカ日報 ニゴンボのフィッシャーマン編 -041002-

 スリランカ最後の一日は、ビーチと漁師の町、ニゴンボをひたすら気ままに歩いて過ごす。ニゴンボは空港から最も近い町でもあるため、最後に過ごす場所として最適だ。

 ニゴンボはこれまでの内陸の町とは趣を異にした、漁師の町。開放感と魚の臭いが至る所に感じられる。あまりに開放的すぎて、筆者などは危うく全裸で海辺を歩き始めるところであったが、何とか理性を活用してそれを思いとどまったくらいである。

 
ホテルのレストランからビーチへ直結
 


プール付で約1500円 ただしプールはややきたなめ

 これといって何もない町である。12時頃チェックアウトして、荷物だけ宿で預かってもらい、砂浜を歩き出す。1kmくらいのリゾートエリアを外れると、そこはいきなり田舎の漁村である。ヤシの葉ぶきの家屋と漁に使う木船が並ぶ風景。そこに住む人々も、非常に素朴で癒し系である。

 

 

 
リゾートと素朴な漁村が隣り合わせる


 ポツポツ降り始めた雨が、いつしか激しく落ち始めたので、漁村のヤシの木陰で雨宿りをしていると、少年達が、「俺んちに来い」と誘ってくる。タバコでも売ろうってんじゃないだろうな、と思いつつ行ってみると、何のことはない、おじいさんとお姉さんがお茶を飲んでいるだけである。
 「座れ、座れ」と言ってくれるので、座っていると、村中から子供や若者が小さなボロ屋(失礼)にどっと集まってくる。のべ15人くらい来たのだが、聞いてみるとこの家に住んでいるのはその中の3人だけだとか。家族もご近所も一緒みたいね。

 ビー玉で遊んだり、紅茶みたいな味のスリランカ風コーヒーをいただいたりしているうちに、雨がやんだので、おいとましようとすると、みんなで写真を撮って送ってくれと言うので、みんなで記念撮影。なんかもう、みんなほんといい笑顔してくれるのよ。山崎まさよしのとある歌を思い出しちゃうねえ。

 「僕は本気で笑ってますか?」

 少なくともここへ来てからは、本気で笑えてると思うのです。言葉が通じない分、笑顔で通じるしかない、というだけのことかも知れないけれども、それで本当にうれしいと思えるので、それはそれで素晴らしいことかなと。

 

 

 

 

 
キリスト教徒の多いこの町。砂浜にまでこのような祠が。漁師の守り神でもあるのだろうか。
 


 1時間か2時間くらい歩いただろうか(時間を気にする必要がないせいか、感覚が非常に曖昧なのだが)。急に目の前が開けてきた、と思ったら、ついに魚市場にたどりついたようである。延々と広げられる魚の干物、それにたかるカラスの群。巨大な「シャーク(鮫)」やマグロ、大王イカかと思えるほどの巨大イカをさばいている男達。それを売り歩く女達。たぶん日本の水揚げ場の風景とそんなに変わらないんだろうな、と思う。

 
砂浜に突如現れた水揚げ場
 
漁師達の仕事は夜間。従って酒盛りは昼間に行われる。
 
魚とカラスとどっちが多いのか
 
水揚げされた海の幸はその場でさばかれる。

 そういえば魚市場の近くで、ビリヤードのショボイ版に出会った。四隅に穴のあいた板の上で、オハジキのようなものを指で弾いて穴に入れて勝ち負けを競うのだ。当然筆者の目に留まらないわけはない。参加させてもらうことに。
 言うまでもなくボロ負けを喫したのだが、実は、これと全く同じ遊びに、昨年ミャンマーで出会っているのである。ここで筆者が記すべきコメントとして、
 「世の中考えることは同じなんだなあ」
 と単純に言うべきか
 [どのような文化的接点から同じ遊びが伝わったのだろうか!」
 
などと、奥深い理由を探るべきか、どちらの方向性が正しいのかはよく分からないが、こんなところでミャンマーの遊びと同じ遊びに出会えたことに、ちょっと感動したことに違いはない。

 

 
民家と植物の雰囲気が沖縄っぽい
 
                                   ほとんど全ての船の舳先にこのような目が描かれている
 
どこへ行っても牛の多い国だ

 片道3時間歩き、宿の方へ引き返す。ニゴンボのネットカフェでは日本語が使えない(読めるけど書けない)ということを学んだ後、再び砂浜に出る。適当な砂の上に座り、夕焼けを待つことに。午後5時半。
 凧上げに精を出す子供達、サーフィンに興じる西洋人、ビーチバレーを楽しむ青年達。そして刻々と変わりゆく西の空。2,3時間居たって飽きることはない。

 ビーチバレーをいそしんでいた青年達と仲良くなった。最初に話しかけてきた青年は、コロンボ在住の26歳の、空港で働く男。同僚達とニゴンボの海に遊びに来たという。
 英語がお互い拙いので、深い話はできないが、なんとなく雰囲気が心地よいというか、彼らとしばらく隣合わせに座って海を見ていた。最後に、彼らがうれしいことを言ってくれた。

 「We are Asian.」

 みんなで写真を撮って、別れた。

 荷を預けてある宿で晩飯を食い、これから、空港へ向かう。ある国とお別れをするとき、筆者はついついビアーを重ねて注文してしまう=旅中ダイエットプロジェクトはここで旅とともに幕を降ろすのである。

 
ニゴンボの繁華街。                      立派な教会も。
 
牛が雑貨屋で買い物をしていた。

海の男。かっこいい。

 スリランカ最後にして最大の難関は、バンコク行きの便が発つまでの約6時間、空港で何をして過ごすかである。キャセイパシフィックのBKK経由香港行きは午前3時発。何が悲しくてこんな時間にしたんだ。
 この難題に頭を悩ませながら出発ロビーをぶらついていると、突然頭上から日本語で声を掛けられる。
 「あ〜、セバナにおったお兄さんやわ〜!」
 見上げると、二階のレストランから、日本人女性が二人顔を出している。キャンディのセバナゲストハウスの階段ですれ違いざまに挨拶を交した旅行者である。
 聞くところによると、彼女たちも同じ便らしく、待ちぼうけを満喫しているとのこと。思いがけず良き雑談仲間に恵まれた。お邪魔でないと言うので、お言葉に甘えて待ちぼうけ大会をご一緒させてもらうことに。

 しかし筆者はバンコクからUAの成田行きに乗り換えるのでこの便で良いとして、彼女たちはどうするのであろうか、と、答えは単純明解、二人とも香港在住だという。旦那の仕事の都合か、と思いきや、双方独身で、それぞれ香港の会社に勤めているとか。なんでも、二人とも香港でカンフーを習っており、そこで知り合ったという。一人は面白いことに、かつて日本で戦隊系のアクションヒーローの仕事をしており、九州地区の遊園地などを回っていたのだとか。これはかなり強めの女性である。見た目は華奢な美人なのだが。
 もう一人は筆者のようなアジア狂で、最近インドに呼ばれている気がするらしい。ということで次の旧正月に向けてインドへ拉致されてくれる友人を探しているのだとか(香港で一番長い休暇と言えば旧正月らしい)。
 もっとも、それだけでは我慢ならず、今月末にはウイグル自治区のウルムチを訪れるという。こちらの女性もかなりの強者である。

 彼女たちのおかげで、楽しい待ちぼうけを過ごすことができた。筆者はバンコクで降りるので、機内でお別れ。また手紙を送る人が増えてしまった。全くもって嬉しい誤算である。

 こうして心安らかに「光り輝く島」に別れを告げられるはずが、最後にとんでもない置き土産を残してきてしまったことに気づく。なんと、「メガネ」をニゴンボのゲストハウスに献上してきてしまったのである。これは鬱だ。目が乾く、目が乾く、と唱えながらインド洋を渡らなければならない。
 ああ、さよならスリランカ、目が乾いて涙も出ないぜスリランカ・・・。


コロンボの空港にて