■ラオス日報2005 バンコク編 -050717-

 
パクチー香る粥                          宿の食堂

 今日は朝から激動であった。今後の旅程の大幅な変更を急遽迫られることとなったのである。

 9時起床、宿で香草(パクチー)香る粥を食した後、カオサンの旅行代理店へ赴く。ラオス側の国境の町であるパークセーからラオスの首都ビエンチャンへのエアチケットを取るためである。
 タイからラオスへの主な入り方としては、バンコクから列車で北上してノーンカーイまで行き、そこからラオス首都のビエンチャンへ渡るルートと、同じく列車でバンコクから東へ向かい、チョーン・メックからラオス南部の主要都市パークセーに入るルートの2ルートがある。今回は後者のルートを取る予定であった。

 ところがである。通常このようなローカルラインは数日前の現地調達でも満席になっていることは殆どないのであるが、今回に限っては希望していた日程では軒並み満席だというのである。なんと、21日から行われる仏教的フェスティバルの影響だというのだ。これは不覚である。確かに「歩き方」には7月21日のフェスティバルのことが書かれていたが、完全にみくびっていた。

 しかし考えようによれば、パークセーではなく、手前のバンコクでこの事実が発覚したことは不幸中の幸いであった。下手にパークセーまで行ってしまい、そこからビエンチャンまで行く術がなくバンコクへ逆戻りになってしまってはどうしようもない。実は、筆者にとって今回の旅の大きな目的の一つは、筆者にとってアジア最高の場所の一つである、ビエンチャンのメコン河畔の屋台街を助手兼相方と共に再訪することなのである。

 我々は即断を求められた。うかうかしていると最終目的であるビエンチャン訪問すら危ぶまれる状況である。というわけで、ここでは何はともあれビエンチャン行きの夜行列車の切符を手に入れることにした。後の旅程はそれから考えればいい。

 そう決めてしまえば気は楽である。気楽なズボラリスト旅の再開である。早速サイアムスクエアへトゥクトゥクで繰り出すことにした。

 
バンコクのショーウインドウも賑やか     バンコクには宅配マックがある模様

 最近の筆者のバンコクでの楽しみといえば、映画館で邦画を鑑賞することである。とうわけで、早速映画館へ赴くと、おあつらえ向きのがある。
  「いま、会いにいきます」
 何がおあつらえ向きかと言えば、「日本にいればわざわざ観ることはないだろうが、ちょっと気にかかっていた」程度の、個人的にBランクの映画であるという点である。

 結果から言うと、号泣の嵐であった。序盤、いきなり脈絡もなく竹内結子が生き返ったシーンでは、人をおちょくるにも程がある、と思い、さらに竹内結子が近未来SFもしくは超常現象のごとく消えていくシーンでは、まあこんなもんか、という印象であったが、まさかそこから感動と衝撃のシーンを連発されるとは夢にも思わなかった。敢えて表現するならば、「総合的にいえば決して高い点数は得られないかもしれないが、最後の最後で一気に挽回してくれる、最後まで観る価値のある作品」と言えるかも知れない。

 
「いま、会いにいきます」は「Be with you」   街角の売店で日本語の雑誌が並ぶ。誰向け?

 そんなこんなでお茶しばきいのデパート冷やかしいのという感じでブラブラ過ごし、夕刻を迎える。そして、待ちに待った屋台ビアーという恒例かつ最高の瞬間を迎える。

 高層ビルを遥かに見上げるボロボロの屋台でビアーを飲みながらの相方のここまでの感想は興味深く、かつ筆者にとって非常に喜ばしいものであった。かいつまんで言えば、それは、「意外にも極めて日常的であり、バンコクという異国の地に昨日到着したにも関わらず既に長い間滞在しているかのような錯覚をもたらす、そのような1日半であった」と。

 この旅のコンダクターたる筆者にしてみれば、これ以上の賛辞はない。筆者が旅に求める心髄は、いかに地元の人々に近い目線で訪れる国を体験できるか、ということであり、それは極めて日常的な行動によって構成されなければならない。しかしいざ日本という国から全くの異国へ訪れると、それがいかに困難で面倒なことであるかを思い知らされる。そもそも自分はその国の人々の文化的・歴史的バックボーンを持たない。では、一体何をもって地元の人々と近い目線であると評価できるのか。一度そう考えだすと、自分が訪れた国の人々と近い目線を持つことなど不可能であることに気づく。
 そう。文化的歴史的バックボーンに裏付けられた彼らの価値観を共有できない限り、旅というものは常に「非日常」なのだ。彼らにとっての「日常」は、我々旅行者にとって「非日常」でしかあり得ない。筆者にとって既に旅とはそのように位置づけられていた。

 しかし、相方には、旅が日常か非日常かなどというようなややこしいことは考えるまでもなく、旅は非日常と決まっているのであろう。それよりも相方の目には、その「非日常へのアプローチの仕方が極めて日常的だ」という風に、筆者の旅のスタイルを評してくれたのであろう。

 今まで殆ど一人で旅をしてきた筆者の旅のスタイルに対する、初めての第三者の感想を聞けたことは、実り多いものであった。

 

 
                                     「神」?ここは仏教国じゃなかったっけ?

 屋台を後にしてトゥクトゥクに乗り込んだ我々は、バンコク中心部のホアランポーン駅から二等寝台でラオスとの国境、ノーンカーイへと向けて、改めてぬるい缶ビールで杯を上げる。

 
ホアランポーン駅