■ラオス日報2005 バンビエン編 -050719-

 10時ビエンチャン発のマイクロバスは、補助席・助手席までフル活用して詰め込まれた古今東西の旅行者で、文字通り寿司詰めになってバンビエンに向けて出発した。こんな時には日頃から身体のスリム化に積極的に取り組んでいてよかったと思う。ただし、取り組んでいることと結果が出ることとは必ずしも一致しない場合があるが、ここではそういったことは追求しないこととする。

 約3時間の行程だが、半ばを過ぎた辺りから、それまでの典型的な平地の熱帯の風景から、山合いに入っていく。まるで原付のように貧弱なエンジンはあえぎにあえぎながら登坂する。そのうち後ろに落ちていくのではないかと不安になる。こんな際には、横を追い越していく日本車たちのパワーを改めて痛感する。
 相方などは、自分が走った方が絶対に速い、との無謀な見解を表明したが、それに対し筆者は、そんなことは絶対にない、と断じておいた。一方筆者は密かに、相方はともかく筆者の強靭な肉体と体力ならばこの車より速いのではないか、と考えたが、今思えばそれもまた絶対にないように思われる。

 
途中の休憩所にて               「M-150」はラオス版オロナミンC

 やがて、窓外に峻険な岩山が現れ始める。まさに風光明媚とはこのこと、「ラオスの桂林」とはよく言ったものである。むしろ、南国の植物や建物などの風景と相まって、より一層、味が出ているとさえ思われる。

 バスを降りて、「タボンスック・ホテル&リゾート」へ向かう。ソン河に面したバンガロー風の客室で、一部屋一部屋にテラスが付いていて、河を眺めながらビアーを飲むという芸当も可能な宿である。今回の旅は相方と二人の特別バージョンということで、こういった嗜好性の高い宿を取り混ぜてみた。とはいっても当然価格面でも妥協はない。これだけ充実した宿で、二人で1泊$30とはなかなかリーズナブルなものである。

 
宿のテラス風の食堂より風光明媚な山河を望む

 河を眺めながら昼食を取っていると、上流から西洋人がタイヤチューブに乗って河を下ってくる。大きな観光名所のないこの町では、こういった川遊びやトレッキングなどのアクティビティも楽しみの一つである。もちろん、未だ観光開発の進んでいない素朴さもこの町の大きな魅力であり、筆者的には、先刻町に着いたときから、チャリンコで渋い寺などを回りながらブラブラして過ごしてみたいと感じさせる町だと思った。


バンビエンでもまずはこれ。店により微妙に味付や具が異なるのが面白い。

 さらに河を眺めていると、まさに我が宿のすぐ側から、地元のおばさん達を乗せて下流へ下っては戻ってくるボロい木船がある。相方はマニアックなことに、このボロ木船に乗れないものかと提案してきた。なるほど。河の下流には「チャン洞窟」と呼ばれる、ラオスでも屈指の規模を持つ鍾乳洞がある。そこまでこの木船で行くことができるかも知れない。


船着場

 船着き場で漕ぎ手のオッサンに頼んでみると、あっさり快諾してくれた。頼んでみるものである。

 しかしこの船、その不安定さにおいてはラオスでも、いや、世界でも右に出る者はそうそうおるまい。長さ約3メートル、幅約50センチ程度のこの木っ端は、ポケットからカメラを取り出すだけでグラリと揺れる。しかもよく見ると漕ぎ手のオッサンが常に船底に浸みだした水を掻き出す作業を行っているではないか。

 そのような恐るべき船でチャン洞窟の付近と思われる場所で降ろしてくれたのだが、そこは右も左も分からない草原である。すると、しばらくして西洋人らしきカップルがこちらへ歩いてくるので、「Are you from "Chang Cave"?」と問い合わせてみると、なんとその西洋人は、「なxtrfjくghるtpwアニョハセヨ?」などと訳の分からない韓国語らしい言語で話しかけてくる。どうやら筆者の発した言葉が英語だと判断されなかった模様である。仕方なく繰り返し「Chang Cave, Chang Cave」と連発すると、ようやく理解したらしく、方角を教えてくれる。梅ヶ丘屈指のEnglish Speakerとして名を馳せてきた筆者だが、まだまだ鍛錬が必要なようである。(会社から配られているヒアリングマラソンは会社のデスクにおいて難攻不落の要塞を形成している)

 鍾乳洞は奥が深かった。さすがはこれだけの巨大な岩山を多数成している土地である。中にこれだけの洞穴を持っていたとしても不思議はない。しかも興味深いのは、鍾乳洞の奥の様々なところに、そしてこの最大の鍾乳洞以外の大小の洞穴の中に、それぞれブッダが祀られていることである。3年前のルアンパバーン郊外の洞穴にも多数のブッダが祀られていたが、こういう厳かで冷ややかな暗闇の空間には、何かしら神々しいものをラオスの人々は感じるものなのだろうか。

 
鍾乳洞の入口。まるで中国の山寺のよう。 そして至る所に静かに祀られるブッダ。

 

鍾乳洞の付近はまるでジャングル。


 チャン洞窟を後にして宿へ向かって歩き始める頃、西南の空から重厚な雷鳴とともに分厚い積乱雲が近づいてきた。宿でシャワーを浴び終えた頃だろうか、轟音と共に激しい雨がやってきた。部屋から見えていた岩山も白く霞んでいる。

 この旅で初めて遭遇する、スコールである。


 
雨雲が立ち込めてくる。今回初めてのスコール。 風光明媚な岩山が霧と雨でより一層幽玄に。

 「タボンスック」の飯は、想像以上に充実していた。常に身体のスリム化に余念のない筆者にとって、悪魔の囁きとはまさにこのことである。しかし、ラオスで出会った悪魔なら、とり付かれてみるのも一興である。
 まず、ラオスの伝統的主食である「カオニャオ(Sticky Rice)」と呼ばれる、モチ米をカゴの中で蒸したものを手でとって食べるスタイルの主食をベースとする。
 オカズとしては、ナンプラーを下味に、鶏や豚の挽肉をパクチー(香草)やレモングラス、青唐辛子などと炒めたラオスの代表的オカズ「ラープ」、それに、辛味と酸味がビア・ラーオと極上のハーモニーを奏でるラオス風手作りソーセージ「サイウア・ソム」など、ラオス独特のものを味わうことができた。
 まず「カオニャオ」を手に取り、それでオカズを挟んで口に放り込むという塩梅である。この「カオニャオ」という主食、モチモチしつつも手にべたつかず、うまい具合にオカズの辛味を和らげてくれるため、ついつい口の中に連射してしまう。さらにそれをビアラーオで流し込むわけである。これを悪魔の食物といわずして何と言おう。筆者の腹部はこの国のありとあらゆる悪魔がとりつき、すっかり膨れ上がっている。これを祓いのけるには多大な年月を要するに違いない。


ラオス式の蒸し米、「カオニャオ」は手でちぎってオカズと一緒に口に入れる。タイ北部にも同じ食文化がある。

 ラオス式料理の甘美な悪夢を忘れるために、今宵もビアラーオを部屋に持ち込むのであった。

 いやしかし、こんな辺境の地で、思いがけず素晴らしく素朴で雄大な風景を満喫できて、美食家向けの町に出会えるとは、予想外であった。明日もじっくり心の洗濯をしたいものである。