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■久米島日報2006 久米島入り編 -060715-

 開店前の沖縄そば屋に押し入り、ハイオク(※)満タン現金払いで燃料補給後、泊港へ向かう。台風一過の晴天全開の那覇市内を、汗だくで闊歩する。硬派はタクシーなど利用しないのである。
(※レギュラー=普通の沖縄そば、ハイオク=ソーキ(角煮)そば)

 久米島行きのフェリーは、通常であれば8時半出航なのだが、台風の名残でまだ若干波風が高いため11時にダイヤ変更されている。


 

国際通りの雑貨屋前で黄昏れるジョー
 
ついに出航


 那覇から久米島までは、フェリー「KUME LINE」で4時間弱。むろん飛行機であれば1時間もかからないのであるが、屈強な男というものは、爽やかな海風に目を細め、強烈な日光に身を焦がしながら旅をするものである。
 もっとも、甲板で強烈な日光に身を焦がしながら、不覚にも2時間近く睡眠に陥ってしまい、全身ヤケド状態になって帰京後会社を休んで病院に駆け込んだ情けない男が若干一名いたという伝説には詳しくは触れまい。

 ちなみに、久米島から那覇へ戻る際は、スケジュールの関係からあっさり飛行機を利用している。固執せずに割り切ることも、時に男には求められるのである。


 
那覇空港を発着する飛行機が引切り無しに飛び交う  フェリーの甲板で焼く友人。筆者は手違いで焼きすぎたという噂
 
久米島が満を持してお目見え                久米島の近くから先導してくれた鳥

KUME LINE


 甲板でヤケドをしているうちに、フェリーは久米島、兼城(かねぐすく)港に入港。

 覚悟はしていたつもりだが、とりあえず何もない。民家とシーサーとサトウキビ畑と細い道路があるだけれある。何をどのようにひねくり回したら民宿のある界隈にたどり着けるのか分からないので、常套手段としてタクシーを呼び寄せることに。こういった小ぶりな島や町では、民宿の名前を告げればどんなタクシーでもそこまで連れて行ってくれるはずである。

 泊まったのは、イーフビーチ近くの「ジュゴン」という民宿。この島のほとんどの民宿がイーフビーチ付近にあるようである。
 「ジュゴン」では、まず手作りのサータアンダギー(球状の揚げドーナツ)を出してくれた。揚げたてはカリカリしていて非常に美味である。それに加え、女将さんは非常に美人なお姉さんで、いろいろ世話を焼いてくれる。全くもって素晴らしい宿である。


 

 
民宿「ジュゴン」。                        ざわわ ざわわ
 
至る所の道端にハイビスカス                 ざわわ ざわわ


 日没まで3時間あまりあったので、チャリンコを借りて隣の奥武(おう)島を訪れることに。久米島と奥武島とは橋で結ばれている。
 奥武島の見どころの一つに、天然の石畳がある。美しい砂浜の中に、突如地面が隆起したかのように天然の石畳が広がっているのである。

 さて、我々は、石畳の上でたたずむうちに、当然ながらその先に広がるマリンブルーに食指を動かされるわけである。
 というわけで、日没が近いにも関わらず石畳の上で海パンを着用し、一暴れするのであった。


 
久米島から奥武(おう)島へ渡る橋の上から         奥武島の名物の一つ、石畳にたたずむ友人アサノ
 
サンゴ                                気持ち悪い木の実


 夜は、宿のお姉さんのオススメで「木心里(きこり)」という居酒屋へ。
 何はさておいて
久米仙だろうということで、久米仙を探すと、「グリーン」と「ブラウン」があるという。店のお姉さんに、
 
「どっちがオススメですか?」
 と問い合わせると、
 「どっちもオススメですよ」
 という明瞭な回答を得ることができたので、インスピレーションによって「グリーン」をボトルで所望することに。

 その夜、「グリーン」の威力で豪快に酔っ払ったにも関わらず、ヤケドでのたうちまわって眠れなかった恥ずかしい男がいたという噂があるが、真相は定かではない。

 明日は、久米島のハイライト、「ハテの浜」に突撃する。