■中国西域日報2006 敦煌入り編 -06/09/10-

 Chaina Airの小柄な機体が北京を発って2時間ほどすると、窓外の風景が砂漠で占められてくる。ああ、ここがゴビ灘やタクラマカン砂漠へとつながり、シルクロードに差しかかるんだな、と思わせる。


飛行機から西域の荒野を望む


 敦煌の空港は、この上もなくシンプルなものであった。だだっぴろい滑走路があり、「敦煌」という看板が掲げられた建物が一つ、ぽつんとたたずんでいる。


敦煌空港にて


 空港の玄関を出ると、タクシーやバスが何台か止まっているが、客引きに近寄ってくる気配もない。仕方なくこちらからタクシーに近づき、地球の歩き方のお目当てのホテルを見せて乗せてもらう。
 ちなみにこのタクシーの運転手はまったく英語がダメだったのであるが、まさかこの町の人々の殆どが英語が通じないとはこの時は想像もしていなかった。

 空港から市内への道で、いきなりここがシルクロードなのだと感じずには居られなかった。整然と立ち並ぶポプラ並木、リヤカー付きの自転車で瓜を運ぶオッサン、そしてそれらの遥か向こうになだらかに横たわる砂の丘。典型的なシルクロードの田舎町の風景である。
 助手兼妻も、北京から3時間も飛んでいない町でのこの変化っぷりに驚きを隠せない様子である。

 とはいえさすがに市街地はそこそこ賑やかで、我々はそこそこきれいな「シルクロード・ホテル」に落ち着く。ところが、ホテルそのものはなかなかきれいなのだが、ここでも英語が殆ど通じない。翌日の莫煌窟や、翌々日の郊外の名所めぐりの車の手配をしようと思ったのだが、ジェスチャーや筆談を交えながら30分くらい要してしまった。これは先が思いやられる。


シルクロード・ホテルにて

 その後、鳴砂山へ出かける。鳴砂山は、敦煌を囲む砂漠の中に緩やかにそびえる峰のことで、シルクロードの隊商さながらラクダに乗って砂漠を巡ることができたり、月牙泉とよばれる、砂漠の中に忽然と現れる湖(1000年以上も水が枯れたことが無いという)を訪れたりすることができる。


タクシーから鳴砂山が見えてくる

鳴砂山付近で奏でる人々


 しかしラクダというのは優秀な動物である。重い荷物や重い人間を乗せながら、いやな顔一つせずに黙々と砂漠の熱い砂を踏みしめて進んでいくのである。鳴砂山の丘を登る際も、若干「ハァー、フゥー」などとため息のようなものを漏らすが、隊列を乱すこともない。砂漠の真中をラクダで進んでいると、自分がこんなところを荷物を背負って歩けと言われたら、3分で発狂するに違いないと思うにつけ、アホヅラして黙々と仕事をこなすラクダには一生勝てないなあ、と身に染みるのである。





 






 一旦町へ戻り、昼飯を食すことにする。町中を適当にブラついていると、いい感じの食堂に遭遇。カウンターだけの狭い店内で、数人の客が何やら美味そうな麺をすすっている。「麻辣面」(3.5元)をいただく。基本的に唐辛子で辛い麺だのだが、昨日の四川飯店と共通で、辛いだけでなく、とてもコクがあるのである。日本ではあまり出会わないコク辛である。これは筆者も助手兼妻もかなりのヒットと評価。敦煌滞在中に必ず再訪することを決意する。


麻辣麺

旧い町並み

公園ではやはり卓球が盛ん


 宿へ戻って一休憩した後、19時頃に再び鳴砂山へ向かう。実は、昼の鳴砂山以上に夕暮れから夜にかけての鳴砂山は魅力的だと言われているのである。
 宿で人民らしくチャリンコを拝借してペダルを漕ぐこと約30分、まっすぐな道路の正面に再び偉容を現した鳴砂山を一目見てそう言われる理由は分かった。日差しがより低い角度から砂の峰に当たるため、光と影のコントラストが素晴らしいのだ。また、赤い光と青い空との色彩が深みをみせる。







 これだけで満足して帰ってもよかったのだが、望むらくはもう一つ見てみたいものがあった。「月の砂漠」である。砂の稜線の上に浮かぶ月を見てみたかったのである。
 しかし、これは残念ながらお目にかかることはできなかった。予想では今日は満月の数日後なので、日没後ほどなく東の空から月が昇ると思っていたのだが、なかなか姿を見せなかった。そもそも、ここは西域であるため日没自体が21時近いので、それほどゆっくり待っている時間はなかったのである。

 そのようなわけで満願かなったりとはいかなかったが、昼間より美しい鳴砂山を味わって帰途に就く。闇夜のチャリンコにオドオドしながら帰ったら、昼間に超市(スーパーマーケット)で購入した「黄河ビアー」と「莫高赤ワイン」を賞味するのである。


闇夜のチャリンコ。前方を行く助手兼妻


 明日は車をチャーターして郊外の遺跡、名所を蹂躙する。