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■中国西域日報2006 カシュガル入り編 -06/09/13-

 12時半頃まで宿で療養。食あたりの助手兼妻の具合も少しずつではあるが快方に向かっている。

 朝昼兼用の飯をとりに外へ出る(助手兼妻は宿でパンと正露丸)。昨夜の名店「牛肉面(麺)」の店で、「涼黄面」というのを頼んでみる。出て来たのは、冷やし中華のようなもの。なるほど、それで「涼黄面」。
 ナス、キュウリ、サヤインゲンなどの野菜を炒めたものと、唐辛子系のスープを絡めながら食べる。牛肉面ほどのインパクトはないが、なかなか美味い。


「涼黄面」

 宿へ戻りがてら、歩き方に載っていた「敦煌市夜光杯廠」で、小型のワイングラスのような杯を二個購入。当然ここでは壮絶な価格交渉が展開されることになる。

 「これいくら?」

 「160元だね」

 「いやいや、100元で」

 「130元でどうだ」

 「いやいや、100元でなんとか」

 「120元にしてやろう」

 「いやいや、そこを100元でなんとか」

 という若干の問答の末、意外にあっさりと100元にしてくれた。もっと安く言っても良かったろうか。いやいや、店の人が良い人だったのだろう。


西域名物「夜光杯」。この辺りで産出する玉(翡翠)から作られる。

 何かとお世話になった「シルクロードホテル」に別れを告げてタクシーで空港へ。しかし、敦煌の最後の最後でこの女性運転手のタクシーに驚愕させられるとは思わなかった。

 空港までの道は直線で新しく舗装され、非常に快適なのであるが、なんとこのタクシー、料金所(10元取られる)の直前で、突然対向車線を横断して反対側の農道に突入、砂煙をもうもうと上げながら猛進し始めたのである。
 農道の脇で昼食を取っている農夫達の横を、パリ・ダカールラリーを走るパジェロのごとく、中国産の小型セダンが爆走する。しかも、農夫達もそれを当たり前のような顔で無視している。
 そして最後に圧倒的なクライマックスが待ち受けていた。なんと彼女は、元の舗装道路に乗り上げた後、空港方面に向かって対向車線を攻めはじめたのである。しかも、アグレッシブなことに正面から向かってくる対向車にむかってクラクションで威嚇まで行っているではないか。そして対向車も対向車で、潔く脇に避けていくのである。

 聞くところによれば、空港道路で10元の通行料を取ることに対し市民が皆ボイコットをしているらしいのだが、しかしそのあまりにもワイルドなボイコットの仕方に圧倒された一幕であった。



敦煌空港ロビーにて



ウルムチに近づくにつれ、望まれる峰々は天山山脈。中国とカザフ、キルギスを隔てる壁。


 甘粛省敦煌市を離れ、新疆ウイグル自治区の首府、ウルムチ空港に到着。

 ここからカシュガル行きの便に乗り継ぐのだが、このフライトが2時間ほど遅れるという。この地方では規定のフライトスケジュールなど当てにならないらしい。幸いウルムチ空港はかなり規模の大きな空港でカフェやレストランなどが多数あったため、ビアーを飲みながら時間をつぶす。いきなりウエイトレスのお姉さんが、彫りの深いペルシャ系もしくはトルコ系の顔立ちだったので、ここが半ば中央アジアであることを実感する。


新疆ウイグル自治区の区都、ウルムチ空港はさすがにでかい。


  ところで、暇つぶしに地球の歩き方の地図を眺めていると、カシュガルからカラコルムハイウェイでパキスタンに入って程ないところに、「フンザ」という地名を発見。「フンザ」と言えば、「風の谷のナウシカ」の「風の谷」のモデルになったという説のある町である。「フンザ」がパキスタンにある町だというのは知っていたが、カシュガルから程近いところにあるとは知らなかった。

 そういえば、「風の谷のナウシカ」が中央アジアのイメージを多く取りいれているであろうことは想像に難くないが、今回改めて、中央アジアに程近い新疆地域のことをいろいろと調べる内に、思いのほか多くのことがこの作品に繋がっていることが分かった。
 あくまでも筆者の想像であるが、例えば、タクラマカン砂漠の北のほとりに、「クチャ」という町があるが、これはどことなく、同作品に登場する「ケチャ」というマニ族の女の子の名前に似ている。また、タクラマカン砂漠の南のほとりには「チャルクリク」という町があるが、これは「チャルカ」というマニ族の僧侶、「チャルカ」に似ていないことはない。また、「マニ」といえば、チベット仏教の一派の名前に似ていなくもない。
 さらに、風の谷のナウシカには、「タリム河」という河が登場するが、タクラマカン砂漠があるのはまさに「タリム盆地」の中であり、そこには実際に「タリム河」という河が存在する。そして、同作品の1シーンに、ナウシカがとある貧しい女性から「タリム河の石」をもらうシーンがあるが、新疆周辺が良質の玉(翡翠)を産出することで有名なことも、共通している。

 その新疆地域の至近に「フンザ」が存在するのは、偶然なのだろうか。


 カシュガル23時40分ころ到着。

 到着時間がやたら遅いようだが、これはあくまでも北京時間。カシュガルは北京から3000km以上離れているため、実際には日没からそれほど時間は経っていない。(公式には北京時間が使われるのだが、新疆ウイグル自治区では自主的にマイナス2時間ずらした「ウイグル時間」を設けている)タクシーで市内に入ると、夕食をとっている人々の姿も見える。

 国際電話で予約してあったチニワクホテルは一応三ツ星なのだが、最近格上げしたばかりらしく、案内された280元の部屋は二ツ星レベル。そうは言ってもホットシャワーも出るし何ら問題はない。風呂好きの助手兼妻はバスタブが無いことに不満げだったが、昨年のラオス取材では一度もバスタブのある宿になど泊まらなかったことをもう忘れたのだろうか。敦煌で下手に良いホテルに泊まったことが良くなかったか。それよりも喜ばしいのが、このホテルの従業員が皆英語が通じるということ。カシュガルの方が異民族間交流が活発であるためだろうか。

 地ビールがあるかどうか心配だったが、ホテルで早速「新疆ビアー」を発見。カシュガルの地に杯をあげる、